誕生日にほしいものリストを公開できるような人に、私はなりたい

TwitterやFacebookといったSNS、あるいはブログなんかでたまに見かけるAmazonの公開ほしいものリスト

プロフィール欄に「応援してくださる方はこちらからお願いします!」などという文言とともに常時リンクが貼ってある場合もあれば、誕生日、結婚、子供の誕生、あるいは開業、会社設立といったイベントのときにのみシェアする人も。

他にもクラウドファンディングや、「旅費を出して」「パソコン代支援して」みたいなちょっとした出費に対する支援ができるpolca(ポルカ)まで、周りの人にモノやお金での支援を求めるサービスがかなり一般的になってきた印象があります。
※クラファンはリターンがあるし、内容も大抵は個人というより事業に関するものなので毛色が違うかも


個人的なことですが、こういったほしいものリスト公開、金銭的支援のお願いみたいなものがどうしても抵抗があってできないんですよね。。。

他人がやっている分には別に何とも思わないし、何なら結婚・出産・会社設立のような人生にそうないイベントだったり、友人が本当に困っていたり、社会的に意義があると思えるような事業などに支援したことも何度もあります。
(誕生日はさすがにキリがないのでスルー)


幸いにしてお金に困るような事態になっていないのもありますが、ほしいものリスト公開してる人たちだって大半は別に困ってるわけじゃないですよね。記念日なのでよかったらお願いします、もらえたら嬉しいな、くらいの気持ちのはず。

この違いはどこから来るんでしょうか…。


元々人に頼らない、頼れない性格だから?

昔から、あまり人に頼ったり相談したりしない性格でした。

受ける大学も就職も転職も独立もすべて両親には事後報告だったし、友人や同僚などとそういう話題になることはあっても、相談したりアドバイスを求めた記憶はほとんど無い。


人を頼ったっていいと思うし、周りの人が困っていたら全然頼りにしてくれていいけど、なんというか理屈じゃなく根本的に人を頼るのが難しいんですよね。

別に人がやっているのを恥だと思うことはないですが、自分がほしいものリスト公開してるところを想像したらなんだか恥ずかしい気持ちになる。


もっと言うと、「人を誘って遊びに行く」みたいなのも苦手です。単に臆病なだけ?

「共感性羞恥」と関係ある?

他にも、私はどうやら「共感性羞恥」という症状があるらしい。

昔から、テレビドラマやアニメで登場人物が恥をかいたり、期待を裏切られたりするシーンが苦手でした。
他には生放送での微妙な間とか、スベったりあたふたしてる様子なども無理。

なので生放送、一部ドラマやアニメ、若手芸人がコント披露するような番組、紅白などなど色々見るのがつらい。

恥をかくシーン、無理っ…!「共感性羞恥」の私が見ていられないテレビや現実のシチュエーション9選

2018.02.02
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他にも恥をかいた記憶ほど鮮明に残っていて、たまに思い出しては悶絶することがあります。「恥」の感情が強すぎるのかも。


特に複雑な家庭に育ったわけでもない(と思う)ので、この性格がどこから来たのかは謎です。。

プレゼントするきっかけづくりの側面も

何かプレゼントや支援をしたい周りの友人やファンにとっては、ほしいものリストやpolcaがそのきっかけとして機能する場合もあります。
「お祝いしたいからほしいものを言ってくれ!」的な。

遠くの友人に子供が生まれたからといってお金を送るのは難易度高いけど、ほしいものリストを公開してくれればそこから良さげなものを選んで送る分には抵抗感が少なく、すんなりとプレゼントできる。

あとがき

特にオチはありません。同じように感じている人いるかな?と気になって投稿してみました。

今の自分が嫌いなわけじゃないですが、ほしいものリストを躊躇なく公開できるような性格だったらもう少し生きやすかったかもしれないなーとは思う。


とはいえ今後考え方が変わったり、何か困ったりしてほしいものリストを公開したり、支援をお願いすることがあり得ないとは言い切れません。

そのときは、「あんな記事書いてたけど、変わったんだな」と生暖かい目で見ていただけると嬉しいです……!

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